セミナー用副読本『臨床倫理エッセンシャルズ』

以下の刊行物については、pdfファイルを見ることができます。
現在、それぞれの成立事情や変遷についての解説を追加中です。


臨床倫理の考え方と検討の実際 2009年度冬 β版, 清水哲郎

2007年度に臨床倫理プロジェクトの活動拠点が東北大から東京大学の上廣講座に移りました。以前から始めていた医療・ケア従事者を対象にした臨床倫理セミナー(事例検討を含む)は、札幌、大阪、鹿児島と開催地の臨床倫理に関心をもつグループが主催するようになり、参加者も安定して多くなってきました(石垣靖子先生が各グループに開催をお勧めくださったのでした)。臨床倫理セミナーの内容が安定してきたこともあり、セミナー参加者が内容の理解や復習に使えるテキストないし副読本を作ろうということで、その最初の試みとして本冊子を2009年12月に刊行しました。その後のセミナーでこれをテキストとして使うということもありました。

これに先立つ臨床倫理の理論や検討シートの開発は、本プロジェクトの雑誌『臨床倫理学』 (2000~2004に4号まででている)に掲載されていましたが、これは研修用というより、研究開発結果の報告でした。その時期に比べると、本冊子はそれまでの研究開発の成果をまとめて解説するというものになっており、臨床倫理セミナーという研修を進めるツールが必要な時期になっていたのです。

ただし、内容的にはそれまでの成果を包括するものを目指したため、研修用としては大きすぎ、内容も盛り込みすぎというべきでしょう。

臨床倫理エッセンシャルズ 2011年春版, 清水哲郎

2011年2月刊行ですので、前冊子刊行から1年2ヶ月後になります。前冊子はB5判本文116頁でしたが、本冊子はA4判本文30頁と、大分薄くなっています。

内容的にも、臨床倫理セミナーの入門コースで話す、考え方の基礎(2-11頁)と臨床倫理検討シートを使った事例検討の進め方(13-23頁)に、付録として「本人・家族の意思決定プロセスノート(汎用版)」とその使い方(24-30頁)を付けたものとなっています。この付録は、その頃のトピックだった本人・家族の意思決定プロセスを支援するツールで、本サイトにもアップされている個別のトピックに限定してより具体的に自らの医療・ケアを選択するプロセスを支援するいくつかの 「意思決定プロセスノート」の元になったものです。

臨床倫理エッセンシャルズ 2012年春版, 清水哲郎

前版の丁度1年後2012年2月刊行です。本版は本文37頁ですが、目次は前版(2011年春版)とほぼ同じです。ただし、付録が日本老年学会ワーキンググループ作成で、日本老年医学会がオーソライズした「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン:人工的水分・栄養補給の導入を中心として」(2012年)の汎用性のある第1部と2部を「医療における意思決定プロセスのガイドライン」というタイトルを付けて掲載したものに差し替えられています。

臨床倫理の考え方と事例検討法の部分は、各所が少しずつ改定・増補されていますが、本質的には前版と同じと言っていいでしょう。見た目で異なっているところは、7頁の図「臨床現場における医療・ケアスタッフの姿勢と倫理原則」が加わったことくらいです。この図にはクレジットがついていませんが、やがて臨床倫理プロジェクト主要メンバーの一人となる会田薫子(当時は東京大学死生学・応用倫理センター特任研究員)によるもので、次の版からは会田制作であることが明記されるようになります。

会田は2011年7月開催の「臨床倫理セミナーinおおさか」から、臨床倫理の考え方ないし事例検討の進め方の講義を担当するようになり、そのためにパワーポイントの図を参加者に分かり易いようにする工夫をしました。ここの図も個別の行動におけるさまざまな倫理的姿勢と倫理原則の関係を示したものですが、他にもいくつか現在に至るまで使われている工夫があります。が、なぜか2012年春版では、この図だけが採用されています。他の工夫が採用されるのは次の2013年版からです。

臨床倫理エッセンシャルズ 2013年春版, 清水哲郎+臨床倫理プロジェクト

前版からほぼ1年後の2014年1月に刊行しています。本文は45頁です。2011年春版には付録が7頁、2012年春版には10頁ついていましたが、本版は付録なしで本文はすべて臨床倫理の考え方と事例検討に関する内容になっていますから、ここを比べれば前版より実質18頁増となっています。目次を見ると、前版までは4章構成であったところ、3部構成になっており、前版の最初の3章がPart1「臨床倫理の基礎」に、第4章「臨床倫理検討シートを使った検討の進め方」がそのままPart2のタイトルになっています。
Part3「臨床倫理の事例検討:問題の整理・分析・対応」は、「事例検討を進めて行く上でのヒント集」という副題がついており、決定プロセスに関わる問題から始まり、関係する倫理原則(人間尊重、与益、社会的適切さ)別に事例を8つ取り上げて検討しています。このうちの「事例1」が、2011年版以来、事例検討をテーマとする第4章のトピック「患者が標準的な治療を拒否した時」に取り上げられていた「事例2」に他なりません。ですから、Part3は、このトピック部分を膨らませていろいろなタイプの事例をとりあげ、検討のヒント集にしようとした第1歩と思われます。(なお、2012年春版までの「事例1」は、2013年春版からは消えています。これはおそらく、2012年6月に刊行された石垣・清水編著『臨床倫理ベーシックレッスン』で「事例1」が詳しく検討したため、2013年版からは外したという事情であったのではないかと思います。)

また、表紙をみると、以上で取り上げた2009年以来2012年までの3冊の冊子は、いずれも著者が清水哲郎になっています(ただし、2012春版の奥付には「+臨床倫理プロジェクト」がついています)。2012年版以降は「清水哲郎+臨床倫理プロジェクト」と変わります。これには、冊子を読むかぎり、全体が清水が執筆したものとなっているには違いないですが、各所に会田薫子(上述の2012春版の解説で登場)作のパワーポイント図や講演のモジュールが取り入れられているということがありました(もちろん個々の箇所で作者名を明記していますが)。しかし、この変化の理由は、これは臨床倫理セミナーのテキストなので「臨床倫理プロジェクトとして何を提示するか」という観点で書いており、清水個人の考えだけを反映しているものではないということにありました。加えて、臨床倫理セミナーを進める中でいちいち記録していないにしても、たとえば参加者の反応を見て改訂してきたわけであり、参加者も改訂に貢献しているということもあります。これが臨床倫理プロジェクトの研究開発のやり方でした。

清水個人の考えだけではないという点は、例えば次のような改訂に現われています。清水自身が倫理について語る際には2009年頃にはすでに「同の倫理/異の倫理」という人間関係の把握を核にするようになっており、それは2023年現在まで変わっていません(ただし、やがて「皆一緒/人それぞれ」という用語を主に使うようになりました)。実際、2009年以来2012年までの上述の3冊子も、1980年代に遡る「状況に向かう姿勢(倫理的姿勢)+状況把握⇒選択・行動」という考え方と並んで「同の倫理/異の倫理」が見出しになっていました。しかし、2013春版では、前者は続いていますが、後者「同の倫理/異の倫理」は「トピック」という位置にして、読み飛ばしてもよいような扱いにしたのです。つまり、臨床倫理プロジェクトのセミナーで臨床倫理の基礎について説明する際に「同の倫理/異の倫理」は必須項目とはしない(この清水の考えを講師たちに押し付けない)ということです。

さて、会田は既述のように、2011年7月開催の「臨床倫理セミナーinおおさか」から臨床倫理の考え方および事例検討の進め方の講義を担当するようになり、2013年当時は東京大学の上廣死生学・応用倫理講座の特任准教授として、臨床倫理セミナーの一翼を担うようになっていました。当初からセミナーを初心者にも分かる内容にする工夫を進めていました。2013春版に即してその工夫を以下に枚挙しておきます。

  • 倫理と道徳/法と倫理

     まず冒頭の「倫理とは」という部分に「倫理と道徳」と「法と倫理」という図が載っています(p.2)。説明されていることに特にオリジナリティがあるわけではありませんし、説明内容については事前に協議しましたが、聴衆が倫理について大まかに掴めるように類縁の事柄との異同を示すことから始めるという点、またそのため先行する説明のどれを選ぶかに会田の工夫があります。
  • 《状況に向かう姿勢》+〔状況把握〕⇒ 行動・選択

     人間の選択・行動の構造を、《状況に向かう姿勢》+〔状況把握〕⇒ 行動・選択 として分析すること、倫理的に適切かどうかが評価されるような選択・行動の場合には、《状況に向かう姿勢》のところに《倫理的姿勢》が入ることは、清水が1980年代にアリストテレスのアクラシア論の解釈を考えることを通して見出したことであり(2009年冬版 p.8で言及)、臨床倫理の考え方の理論的検討に際して使えるように工夫してきたことです。2013春版の2-3頁あたりの地の文は、以前の版とほとんど変っていません。しかし、3頁にこの構造をパワーポイントのスライドにした3つの図に示されている例はいずれも清水の従来の例ですが、会田の工夫は、各項目に枠を付けることで、個別の例の各項目の内容を各枠内に記すことができるようにし、全体として、《状況に向かう姿勢》+〔状況把握〕⇒ 行動・選択という形を保てるようにしたところにあります。
    以下、4-5,11,30頁に同様の図が掲載されています。図に「会田」と記してあるものは、使っている例自体が会田作成のものであることを示しています。
  • 医療・ケアスタッフの個別の姿勢と倫理原則

     8頁に載っている図は2012春版で登場したものですが、その際には作者が記されていませんでした。2012年当時はまだ、清水にクレジットを付けるという意識がなかった(状況把握が適切でなかった)のでしょう。ここでは同じ図を使っていますが、「会田」と追加しています。清水がつけている説明は、隣人愛についてのキリスト教系の説明を引用しながらの、多くの「かくかくせよ」を包括する「・・・せよ」が倫理原則だという類のものですが、会田自身は、現場のスタッフが個々の行動に際して自らのとっている姿勢を聴き取って並べ、そこから包括的な姿勢を見出す、いわば質的研究のようなプロセスを考えていたのではないでしょうか。
  • 3倫理原則と4倫理原則

     9頁にある「基本的な臨床倫理の原則」は、ビーチャム・チルドレスが提唱した4原則と清水の3原則を対照した表です。2012春版までも、4原則と3原則の異同を示す図ないし表はあったのですが、示し方が「清水のp1(人間尊重)は4原則の①(自律尊重)にこれこれを加えたもの」というようなスタイルでしたし、枠はついていましたが表にはなっていなかったので、スッキリわかるとは言えませんでした。会田の工夫は、聴衆が一目で対応関係が分かるようにすっきりさせたところにあると言えるでしょう(どう異なるのかは表では表現されなくなりましたが)。
  • 「自己決定」米国での経緯と医師—患者関係のプロトタイプ

     13-14頁に掲載されている4つの図は、会田が一つのモジュールを工夫してセミナーで使ったものです。ここは丁度、医療・ケアチームと本人・家族が話し合って治療方針等を決めるプロセスについて解説している部分で、臨床倫理プロジェクトとしては当時日本で支配的であった「説明—同意モデル」を批判し、「情報共有—合意モデル」を提唱しており、セミナーでは場合によってはそれらに先立つパターナリズムの意思決定プロセスも引合いに出しつつ、説明していたのです。ここの部分で会田は米国の「自己決定」へと進む歴史的背景を解説し、パターナリズム⇒消費者主義⇒相互参加を医師—患者関係の推移として説明したのでした。
  • 生命の二重構造理論

     15頁に掲載されている図は、清水が「生物学的生命/物語られるいのち」という用語で提示した考え方(p.15の地の文に相当)を、スライドにどう表現しようかと会田が工夫したものです。「生命の二重構造理論」というタイトルも会田由来です。
    清水は「二重構造」という表現に対して「アスペクトの違いなのでねえ」と言って、必ずしも同意してはいませんが、臨床倫理プロジェクト内での温度差として許容し合うことと理解していました。宗教にありがちなファンダメンタリズムにならないように、基本的なところは共有しつつも(皆一緒)、できるだけメンバー内の考えの違いを許容し合おう(人それぞれ)というわけです。


以下の冊子については、近いうちに解説を追加します。 以上の解説は、参照できる冊子それぞれの内容と併せお読みいただけると、引用しようという時にどのようなクレジットを付けるのが適切かを考える際の資料になることも考えて記しています。事実関係の違い等ありましたら、ご意見をお寄せください。 (以上、2024.1.10更新, 文責 清水哲郎)

臨床倫理エッセンシャルズ 2014年秋版, 清水哲郎+臨床倫理プロジェクト

  



臨床倫理エッセンシャルズ 2015年春版, 清水哲郎+臨床倫理プロジェクト

  



臨床倫理エッセンシャルズ 2016年春版, (清水哲郎+) 臨床倫理プロジェクト

  



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