医療者‐患者(家族)間におけるインフォームド・コンセント場面の談話分析
山口恒夫(信州大学)
山口美和(信州大学大学院)

1.問題の所在
臨床の場において、「おまかせ医療」から患者(家族)の「自己決定権」の尊重への転換が行われるにしたがって、インフォームド・コンセントやインフォームド・チョイス(以下、IC)の重要性が―少なくとも医療者の間では―認識されるようになった。だが、「説明‐選択肢の提示‐選択・決断」という過程がどんなに精緻に進行しようとも、医療者と患者(家族)の間の齟齬は埋まるどころかむしろ拡がったというべきかもしれない。医療者が「知らせたい」ことと患者が「知りたい」(または「知りたくない」)ことのギャップ、「病い」に対する医療者の「説明モデル」と患者のそれとの食い違いは、専門家と非専門家間の合意形成の困難さを端的に物語っている。
本発表では、平成10~11年度に行われたIC場面の談話分析による調査研究の結果を踏まえ、専門家としての医療者と非専門家としての患者(家族)間において合意形成が困難である根拠を明らかにするとともに、倫理的観点からのICの改善の方向性についての提言を試みることを目的とする。

2.IC場面の談話分析―専門家・非専門家間の合意形成をめぐって―
IC場面の分析は、5名の医師(内科)の協力を得て、患者(家族)に対するIC場面(13事例)を患者の了解のもとに録音し、医師及び患者(家族)の「語り」を談話分析の手法を用いて分析した。談話分析は、医師の語りを8カテゴリーに、患者(家族)の語りを6カテゴリーに分類し、それらに「沈黙・とまどい・混乱」を加えた15のカテゴリーに分類して、諸カテゴリーの相互関係を数量的に処理した。
データの分析は、各カテゴリーの単純集計及びマトリックスによる集計により、特に、医師の間接発言率(患者の感情や訴えを受容する発言、患者への質問等)が高率であれば、患者の発言率、とりわけ患者の自発的発言(症状や苦痛の訴え、要求・提案等)が多くなるという仮説に立って行われた。また、医師の直接的発言率(説明、説得等の医師発言率に占める割合)と患者の受動的発言率の関係、あるいは医師発言がどの程度、患者の発言を誘発するかという患者発言誘発率に着目した。
各事例の分析の結果、患者発言率と患者発言誘発率の関係、患者発言誘発率と患者発言持続率の関係、及び医師間接発言率と患者発言誘発率の関係において、正の相関が見られた。また、医師の発言率と医師間接発言率との間には逆相関の関係が見られた。医師の発言率が高まると、間接発言が減るということは、医師がIC場面においてイニシアチブをとればとるほど、医師の説明・説得といった直接的な発言が増えることを示している(詳細については、山口「教育関係におけるパターナリズムの研究:医療者‐患者間の談話分析を通して」平成10~11年度科学研究費補助金研究成果報告書、2000年を参照されたい)。加えて、IC場面における医師と患者の志向性を縦軸・横軸とると4次元が得られるが(図1)、これに13事例をあてはめると、第1次元に2事例、第3次元に3事例、第4次元に8事例が位置づけられた。
本調査研究では、IC場面の医師・患者の「語り」に対する量的分析を試みたが、両者の合意形成を図るには「語り」のコンテクストや言語行為的側面を照射する質的分析が不可欠である。

図1 インフォームド・コンセント場面の談話分析の分析枠組み
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