医療倫理学の方法論について
―原則、手順、ナラティブ―
新潟大学医学部保健学科 宮坂道夫

医療倫理学の方法論について、以下の二点について論じる。

(1)医療倫理学の方法論の3分類
推論の形式において〈何に焦点を当てるか〉によって、以下の三種に系統的に整理できるように思える。これらは相互に依存・補完するもので、統合的に利用できる。

  1. 〈原則〉
    抽象度の高い倫理原則に基づいて、問題点を整理してゆく方法論。米国の生命倫理の四原則が代表的だが、これに対して、欧州で提案された異なったタイプの四原則(バルセロナ宣言)も注目される。原則に基づく理論は中立的であるかのように見えて、原則の立て方によっては中立性、網羅性、共有可能性も揺らぐ。
  2. 〈手順〉
    原則をより具象度の高い作業手順の文脈に展開した方法論。原則は具体的な行為指針としてある程度定式化されたものとなる。ジョンセンらの臨床倫理、東北大・清水らの臨床倫理、ほか。クリニカル(クリティカル)・パス、事前指定書など、臨床判断の一定の標準化された手順書(procedure, protocol)に倫理的判断のプロセスが盛り込まれる、という方法。
  3. 〈ナラティブ〉
    「語り」、「当事者経験」、「役割」、「経過」、「コミュニケーション」等の物語論的な構造に注目し、相互構成的な意思決定のプロセスを分析する方法論。ここでは「原則を〈個々の人の生〉という世界に展開したもの」として、ナラティブ中心の方法を捉える。

(2)ナラティブを中心とした方法について
〈原則〉と〈手順〉については、文献上ある程度系統的に整理されているが、〈ナラティブ〉については医療倫理(あるいは倫理一般)との関係がいまだ不明確である。これについては、しばしば言われるように、脱倫理・脱原則のまったく別個の体系だという見方もできるが、〈原則〉と〈手順〉との関係のように、〈原則〉と〈ナラティブ〉の関係を捉えることは可能だと私は考えている。そうでなければ、相対主義や不可知論に陥ることのない〈ナラティブ〉を考えることは困難であろう。「原則を〈個々の人の生〉という世界に展開する」とは、抽象度の高い「原則」(自律、尊厳、というようなもの)を、「価値の生成する場」の言語である「ナラティブ」(生きる意味、自分らしさというようなもの)を手がかりとして推論してゆくことを意味する。

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